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#03 ワークショップ=「まなびほぐし」の学習論

企画者レポート(全9回)

そんなこんなで,私はワークショップというものに興味を抱くようになった。そして,ある書籍と出会う。#02で述べた青山学院大学社会情報学部の苅宿教授,後に青山学院大学大学院での私の指導教官となる高木光太郎教授,そして私が学んだヒューマンイノベーションコースを設立した佐伯胖教授が編集した,ワークショップのこれまでの研究と実践を総括した『ワークショップと学び』(2012)という名の全三巻からなる書籍である。そこではワークショップを学習の過剰によって凝り固まった認識や態度を「まなびほぐす」場としてとらえ「まなびほぐし」の学習論として展開している。

主要と思われる点をピックアップすると,

  • いったん編み上げられた知が解体されつつ,不安定に揺らぎながら何か新しいものへと変化し ていく過程に焦点をあてる
  • あらかじめ決められた未来に向かうのではなく,まだ姿がよく見えない未来の時間を「いまこ こ」で生成する
  •  現場でうまれる「混乱」「戸惑い」「躊躇」「食い違い」「対立」といった「揺らぎ」や「ノ イズ」に肯定的な可能性を見出そうとする
  •  既存の知が解体されて生じる不安定状態はまなびの阻害要因ではない→未来の時間が創造され る生成の場となる
  •  ワークショップに埋め込まれた様々な「仕掛け」や「面白さ」は不安定状態と深く結びついて いる

そして,この論をベースに佐伯はワークショップを「“異”との出会い」,高木はワークショップ・デザインを「不安定な足場の中で,参加者が完全にバランスを失ってしまうことのないように配慮しつつ,転倒しつつある状態の連続を一つの愉楽として経験できるように,様々な媒介の配置と変形可能性を調整すること」と定義している。

そもそも音楽ワークショップって,音楽家であるファシリテーターが「転倒」を起こさないようにデザインしているものばかりじゃないか? いや,それってレクチャーと何の違いがあるの? 

 

決してレクチャー型や,「愉楽」に特化したデザインを否定するわけではない。しかし,そうじゃないものってどうしたらできるのか? 音楽を扱うワークで「“異”との出会い」を創造し,「転倒」を前提とした「愉楽」をデザインできるのか?

おそらくだが,ここに真っ向から挑戦した音楽ワークショップはまだ少ない。少なくとも私は見たことがない。ただ,挑戦するためにはそれなりの試行錯誤が必要である。その格好のチャンスがTOKASのOPEN SITE dot部門だった。

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