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#04「転倒する」音楽家とワークショップの構想

企画者レポート(全9回)

そして,もう一つの挑戦。参加者が「転倒しつつある状態の連続」を作るためには,音楽家も転倒する必要がある。他にも方法があったかもしれないが,私の中には音楽ワークショップのファシリテーターの役割を担う音楽家を揺さぶる必要性を強く感じていた。

一緒に転んでくれる音楽家……

箏と糸電話を結びつけたり,電動歯ブラシで琵琶を奏でてみたり,奇怪な楽器を作ったり,特殊な音楽祭を主催したり……どこまでが本気で,冗談なのか。気がつくと“異”の世界へ誘われ,当たり前の世界に当たり前でない世界が潜んでいることを毎度サラッと提示してくれる作曲家,山本和智氏なら理解してくれるだろう,と。

というわけで,鐘ケ江の呼びかけのもと,学習環境デザイン研究家の眞崎光司氏と作曲家の山本和智氏が招集されパレイドリアンが誕生した。

三者の立場は違えども,ディスカッションを重ねる中で,

  • 当たり前を疑うこと
  • 身についてしまった「型」を問い直し,「解体」して組み換える
  • ”異”の出会い

この3点については,それぞれの立場から強い関心をいだいていることがわかった。

この関心をどうやってワークショップとしてデザインするか……

コンサートを形作る<作曲・演奏・聴衆>という枠組み

まず,コンサートという枠組みを利用することにした。当たり前の話だが,演奏者は演奏者として会場にやってくる。聴衆もしかり。演奏者は舞台で演奏し,聴衆は客席に着席する。空間的にも役割的にもそこにははっきりとした境界線が引かれている。

もちろん,演奏者が客席で演奏したり,聴衆が舞台に上げられたりすることも演出上多々ある。しかし,お客が一人も来ないイベントは残念ながら起こりうるが,演者が来ないイベントは考えられない。これはもう事故,もしくは中止の沙汰である。このコンサートを成り立たせている強固な境界を曖昧にすることを試みた。

そして,作曲という行為さえも,作曲者自身が一番混乱をきたす作品にするという無理難題を要求した。本来ならば<作曲・演奏・聴取>という強固な境界線で囲われた当たり前の世界を崩壊する,しかも楽しく。

さて出来るのか?

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